特集 名寄市

背景と導入の経緯
2005年の介護保険法改正後、地域包括ケアシステム構築の中
で、名寄市では医療と介護の連携、在宅医療連携推進の難しさを感じながら取り組みを模索していた。名寄市立総合病院(以下、「市立病院」という。)では2013年より「道北北部医療連携ネットワーク(ポラリスネットワーク1.0)」が構築され、医療過疎地域である道北の市町村部の医療を遠隔医療支援などによりカバーする取り組みが進められていた。また、2010年ころから高齢者の心不全が急増する、いわゆる「心不全パンデミック」が危惧され、名寄市は2018年ころからパンデミックの状態に突入。日本心不全学会では、医療と介護の連携で疾患を管理する仕組みが必要だと警鐘を鳴らしていた。ポラリスネットワーク1.0の導入の際、中心となり推進した市立病院の副院長で循環器内科の専門医である酒井博司氏は、「医療介護連携による疾病管理は、地域包括ケアそのもの。地域包括ケアで心不全の患者さんを見るための情報共有基盤が必要」と考えていた。
名寄市の地域包括ケアセンターが大きく動く契機となったのは、2018年の胆振東部地震に伴う大規模停電。この時の患者・利用者対応で、医療と介護、各機関同士の情報共有の重要性が改めて認識されたという。その課題意識を酒井氏と当時の名寄市の地域包括支援センター長・橋本いづみ氏が共有し、方向性が一致したため、医療介護連携を実現する「ポラリスネットワーク2.0」が構築されることとなった。また、ポラリスネットワーク1.0の構築にも携わった旭川医科大学の守屋潔氏が、2020年に名寄市健康福祉部参与(地域包括ケアシステム担当)に着任したことにより、システム導入が加速。病院関係者やケアマネージャー、地域包括支援センターが連携して構築が進められた。
ICTシステムの概要と利点
名寄市の医療介護連携ICTは、現場の声を聞きながら既存のシステムをカスタマイズし、2021年度から運用が開始された。利用するのは、市立病院等の医療機関の医師や看護師、在宅生活を支援するケアマネジャーなど介護サービス事業者、歯科医や薬剤師。
主なツール「Team」は、多職種間の情報共有を目的とし、ユーザー登録した一人の利用者に関わる専門職が紐付けされ、文章、写真、動画ベースでのやり取りが可能。「必要な時に必要な情報が見られる」ところが、従来の電話やFAXに比べ効率的となっている。利用者の状態や服薬の情報などが正確に伝わるほか、担当者会議のアポイントなども可能。通知機能により、投稿があった際はメールで関係者に通知される。医療情報共有ツールの「ID-link」は、病院側の医療情報(検査結果・処方薬など)をケアマネジャーが参照可能にする仕組み。
導入に当たり、「名寄市医療介護連携ICT協議会」を組織し、市の地域包括支援係に事務局が置かれ、TeamやID-linkのユーザー登録・運用を担当している。
導入当初はより早い浸透のためタブレット80台を無償配布。使用方法の研修を行うことでハードルを下げた。初期は「手間が増える」「ICTに不慣れ」「個人情報の漏洩」といった不安から敬遠されることもあったが、事務局が使用方法をレクチャーしたり研修を開いたりしたことと、後述するワーキンググループで成功事例を共有、多職種間の連携と信頼関係を深めることで利用促進に成
功している。
システムの導入により、迅速な情報共有、ペーパーレス化、医療介護連携が必要な利用者の退院支援の効率化が進んだ。また、時間を捻出することにより退院後も医療者側が介護者側の投稿する内容を追うことができるようになった。2024年4月からは消防署救急隊も参加。救急搬送時にすぐに情報が共有され、入院の対応などが迅速になっている。
利用者のプライバシーへの配慮もあり、市民の登録は同意制。多くは介護サービスが必要になった人がケアマネジャーを通して利用を開始している。現在は市内の介護認定者が1,800名いるのに対し、約1,200名が登録済みで、利用者は増加傾向にある。
慢性心不全患者を対象にトライアル
システム構築と共に、“顔の見える関係”を重視して多職種連携を推進してきたことが、名寄市の大きな特徴である。ポラリスネットワーク1.0の導入の際、「システムを作っても使ってもらえない」ことが課題となった。そこで、酒井氏を始め担当者が道北地域の医療機関を一件一件直接訪問して説明すると、徐々に利用率が高まったという経緯がある。
一方、名寄市の医療介護連携について、健康福祉部の現・地域包括支援センター長で、当時から携わってきた山崎大樹氏は「以前から、地域包括ケアシステムの構築の中で多職種間の事例検討会などは地道に取り組まれており、互いに顔見知りの関係にはなっていたが、それぞれの業務の詳しい中身までは見えていなかった」と話す。
互いに顔の見える関係を作りながらシステムを導入するため、慢性心不全の患者4名を対象に医療介護連携ICTのモデルケースを作ろうと、導入当初にトライアルを行った。心不全は退院後の服薬等の管理が重要で、悪化した際は体重の増加が再受診の目安となることが多く、心不全増悪の可能性がある状態を「受診推奨体重」としている。しかし、服薬や体重の管理は患者個人が忘れることも多く、そこに普段の生活を支援している介護事業者が力を発揮できると酒井氏は指摘。勉強会を年6〜7回開催しながら実際に運用を進めた。
市立病院の看護師としてトライアルに関わった外来看護係長の宮腰七蘭氏は、「当初は人員不足の中、新しい作業が増えることに部署内でも抵抗があったが、地域と連携する大切さを共有して業務を見直し、Teamを見て外来患者さんの情報を見る時間を確保した」と話す。
市立病院では、心不全患者個人に受診推奨体重を伝えて指導しているが、高齢の患者が自身で管理できないケースや、受診推奨体重に達していても次回受診日まで待ってしまうケースが多く、受診が遅れるという課題があった。介護事業者との勉強会で対話を通してこの課題を共有し、介護サービス利用時に心不全増悪症状がないか確認、異常時はICTを活用して連携することで、早期受診勧奨が可能となった。
また、病院で投薬をしても患者は決められた通りに服用できずに症状が悪化することも多い。従来はそれを知らない医師がさらに薬を増やす指示をしていたが、医療介護連携で「実際は薬が飲めていない」
と共有できたため、「服用を朝だけに集約する」など確実なアプローチを探ることができるようになった。結果として、「心不全再入院率の低下につながる一助になったと考えられる」と宮腰氏。
「一瞬の外来では何もわからないと実感した。生活の情報が見える介護事業者の情報が患者さんの受診につながり、当初は作業が増えると感じたICT導入が看護の一部になり、現場の看護師にもやりがいになった。悪化した患者さんが何の情報もなく外来に来るのと、事前情報が共有されていて検査の予約もあって来るのとでは、患者さんと病院の負担が全く違う」と手応えを語る。
連携の肝となるワーキンググループ
対象に、名寄市主催で「地域連携会議」と題したワーキンググループを発足した。スムーズにICTを浸透させるため、研修のファシリテーションは(一社)地域包括ケア研究所に業務委託した。「地域包括ケアに特化してコンサルタントをしている会社なので、業界のことを理解してうまく結びつけてくれている」と酒井氏。研修では、「Teamでこのように投稿している」といった成功事例を共有し、それについて多職種間で模造紙などを使って話しやすさを工夫したグループワークを通して意見を交換した。そこで、循環器内科以外の診療科や、介護事業者の間でも成果が共有され、システムを活用できる
人が増えていった。以降、研修は毎年継続されている。名寄市社会福祉協議会指定居宅介護支援事業所のケアマネジャー・井上正義氏は、医療介護連携ICTの導入に、いち早く手を上げた。「以前は、利用者が医師に話す内容と普段の生活にギャップがあるなど、情報がうまく伝わらないもどかしさがあった。ワーキンググループでは利用者さんの生活状況についての私たちの発言に対し、医師から『こういう情報が欲しかった』と言ってもらえたり、『利用者さんが医師の前では薬を飲んでいると言うけれど、実際は家で飲めていない』ということも率直に伝わった。相談しやすい関係性が築かれていくと同時にTeamがスムーズに使えるようになった」と振り返る。

活用の成果と連携の深化
井上氏と同様にワーキンググループ開始当初から関わってきた
、医療法人臨生会 居宅介護支援事業所さつきに所属するケアマネジャーの江口英樹氏は、心不全を患う利用者を多く担当しており、トライアルにも携わった。「介護事業所やケアマネジャーもICT活用を機に医療的理解を深めており、医療側にも『生活の場』を知ってもらうことで、診療や薬剤管理の精度が向上、より質の高い在宅支援が実現した」と話す。
その中で、「ICTのさらに発展的な使い方を模索するフェーズに入っている」と指摘。「一人の利用者の予後の充実や、リハビリテーション、病院から在宅への移行の質を追求していきたい」と言う。現在の市内での普及度は、在宅支援の介護サービス事業所はほぼ全件が使用。ケアマネジャーも全員が使用しているが、活用方法や度合いは個人に委ねられている。ただ、「事務局側としては一方的に使用を促すのではなく、ワーキンググループでの事例発表を通して関心を持ってもらうなど、事業所側から動いてもらえるような姿勢を取っている」と山崎氏。江口氏も「ICTの仕組みそのものでも業務が効率的になるし、関係者間で個人的に相談し合えるようなつながりが強固になる面もあるため、ぜひ未開拓の部分にも広げていきたい」と意気込む。
また、宮腰氏は「病態や症状の共有は成果が出たので、今取り組んでいるのは、その人の生活や人生をより良くするACP(アドバンス・ケア・プランニング)への応用。もう治療をする手立てがない高齢の患者さんについて、『こういう大切な人がいる』『家族はこのような状況』などの情報も、訪問看護師や介護事業者の専門職と共有できている」と話す。
井上氏も、「コロナ禍中の看取りで、従来であれば入院したら帰って来られない状況でも自宅で看取りができた事例や、遠方に住む家族と専門職がZoomで看取りについて相談できた事例もある」と、一歩進んだ医療介護連携、情報共有の成功事例を持っている。
今後の展望と全国的展開
地域全体で医療介護連携ICTを取り入れた成功事例として、名寄市の取り組みは全国的にも注目されている。講演や学会での事例発表も多数行われており、他の自治体からの視察や導入検討も多く進行している。今後もさらなる多職種連携とICT活用の深化を目指しており、他自治体へのモデルケースとなり得る。名寄市の医療介護連携ICTの成功要因と利点について聞いた。「ICTはあくまで一つのツールであり、もともと多職種間で事例検討会などを行ってきたベースがあるところに、さらに情報共有やワーキンググループをきっかけにそれぞれの役割理解と多職種協働が深まった。医療者の理解や関心が高かったことも取り組めた要因。これを機に地域包括ケアシステムをより発展させていきたい」(山崎氏)
「医療介護連携ICTの他の導入事例は、同じ法人の事業所間での例が多い。地域を挙げて法人を跨いで活用しているところが、全国の中でも先進的で他の市町村からも注目されている点であり、地域包括ケアシステムが充実させられる要因。当初は行政主導で行うことにマイナスイメージを持つ声もあったが、行政の継続的な旗振りがあったからここまで進められた。さらに、発展的に夢を語り合える仲間も増え、『このように使ったら利用者さんがもっと良くなる』という話をするきっかけになっている」(江口氏)
「業務効率化以上に、人のつながりが深まり、広がった。医療機関に相談もしやすくなり、介護事業者間の横のつながりもできた。利用者さんからは、多職種間で連携して一人の人を見ることにより、『見守られている』安心感があるという声も上がっている。市の規模的に“ちょうどいい距離感”の地域コミュニティがあったから実現できたとも言える。ICTで、医療や介護のそれぞれの“点”が“線”につながった。全員が利用者に対して同じ方向を見られるようになった」(井上氏)
そして、まだ十分に浸透していない介護施設や病院内の診療科もあり、今後の課題となっている。「職種の違いはあれど、『患者さんに入院せず家で元気に過ごしてほしい』という思いは共通。医療、介護、行政の三位一体による取り組みの中で、どの職種が欠けてもICTの有効な活用は実現できなかった。病院主導でICT導入を行う地域もあると聞くが、急性期医療に関わっているとなかなか時間や力を割けない。名寄市は市長を始め地域包括ケアを熱心に考えており、行政主導で進められたところが導入・継続がうまくいっている要因。今後、ICT連携をさらに進化、発展させていくため、医療機関や介護福祉施設の中にある温度差を少なくしていく取り組みを続けていきたい」(酒井氏)
「介護事業者の方と顔の見える関係ができて、お互いにリスペクトする気持ちが生まれ、改めて『この方たちが地域を守ってくれているんだ』と感じた。ざっくばらんに患者さんのことを話し合えるようにもなり、ICT導入で治す医療だけでなく治し支える地域型医療が実現しつつある。地域からは、整形外科、透析部門、糖尿代謝内科など、さまざまな診療科との連携に希望が寄せられている。ゆくゆくは外来全体がICTを活用した地域との連携に対応できるよう尽力していきたい」(宮腰氏)
関係者全員が声をそろえるのは、「ICTはあくまでツール。顔の見える関係づくりが重要」という点。ICTの活用による効率化だけでなく、再入院率の低下といった成果にもつながっており、さらにACPなど医療と介護の質の向上にまで発展している。自治体の規模や医療、介護の状況の違いはあれど、根底の理念は応用可能ではないだろうか。
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