時流
人間をケアするとは
北星学園大学文学部 心理・応用コミュニケーション学科教授 大島寿美子
Eさんは仕事をしながら要介護状態の母親を在宅で介護するビジネスケアラー。介護が始まって1年、訪問看護と訪問介護を活用してなんとか仕事と介護を両立してきた。1泊2日の出張もこなせていた。
ある時、2泊3日の出張が入った。Eさんが母親に相談したところ、「自宅は無理」と言う。担当のケアマネージャーと相談し、ショートステイという短期の施設入所サービスを利用することにした。
出張前日、Eさんは母親と相談しながら2泊3日分の衣類や薬をカバンに詰めて用意した。翌朝は普段の家事に加えて、ペットの猫の3日分の餌とトイレの準備、自分の出張の荷物の用意と、めまぐるしく時間が過ぎた。
初めてのショートステイを前に母親が「人見知りだから」と不安そうにしていたので、安心してもらおうと「大丈夫。なんでも相談してね」と伝えた。迎えに来た担当者に「初めてで緊張しています。どうぞよろしくお願いします」と頭を下げた。
母親が出発し、家の戸締まりをして出かけようとした矢先、携帯電話が鳴った。ケアマネージャーからだった。「お母さんが家に帰りたいと言っています」。驚いて事情を聞いても要領を得ず、施設からの説明を聞くことにした。担当者の話では「泣いてしまって、何度もコールを押して帰りたいと言っています」とのこと。帰りたいという意思は明確のようだった。
そこでケアマネージャーと相談し、訪問介護を毎日入れて入浴と買い物支援をお願いすることにした。出発までわずかな時間しかなかったが、急いで3日分の食事を準備して冷蔵庫に入れた。
空港に到着してからもケアマネージャー、訪問介護事業所との電話が続いた。飛行機に乗る直前、ケアマネージャーから無事に家に着いたと報告があった。
3日後、出張から戻ったEさんは母親に事情を聞いた。母親の説明は次のようなものだった。「施設についても挨拶もなく、部屋に着いても案内もなかった。何がなんだかわからないのでコールを押したら『そんなに押さないで』と言われた。『座って』と命令されていきなり血圧を測られ、薬はどこだと聞かれ、もうここにはいられないと思った」。
Eさんは考えた。担当者は挨拶をしたが、耳が遠い母親には届かなかったのかもしれない。何度もコールを押されて業務が滞ったのかもしれない。血圧は到着直後に測定する決まりだったのだろう。薬も確実に管理しようとしていたに違いない。
しかし、こうも思った。母親が帰りたいと訴えたのは「ここでは安心して過ごせない」という気持ちからだろう。もし、目を合わせてしっかり挨拶し、施設や部屋の中を案内してくれていたら。もし、血圧測定の前に「ここで快適に過ごしていただくために、今の血圧を確認してもいいですか」と声をかけてくれていたら。もし、「お薬をお預かりしてもよろしいですか」と尋ねてくれていたら。母親は泣きながらコールを押すこともなかったかもしれない。
数週間後、ケアマネージャーとの面談で、母親は再びあの時のことを話した。驚くほど細かく覚えていて、最後にこう言った。
「動物じゃないんだから」。
その言葉には人間扱いされなかったという悔しさがにじんでいた。
◇
施設の職員はおそらく真剣に、安全で健康な滞在を整えようとしていたはずだ。それでも、その努力が伝わらないことがある。それはなぜなのか。
ケアには、ケアをする側とケアを受ける側との関係構築が欠かせない。その関係を築くことができなければ、どんなに作業を効率的にこなしたとしても人間のケアとは言えない。
忙しさに流されてしまいがちな日常の中でも、目を合わせて挨拶をし、移動中に言葉を交わし、施設や部屋の説明をし、ケアの前に同意を得ることがどれほど大切か。コミュニケーションのあり方こそが、ケアを受ける人に「人間として大切にされている」という感覚をもたらすのである。
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