時流
答えを急がない介護
北星学園大学文学部 心理・応用コミュニケーション学科教授 大島寿美子
家族介護者の中で、仕事をしながら介護を担う人々は、近年「ビジネスケアラー」と呼ばれるようになった。経済産業省によれば、超高齢化社会に伴い家族介護者数は増加傾向にあり、2020年の678万人から、ピークを迎える2030年には833万人になると見込まれている。それに伴い、ビジネスケアラーも263万人から318万人へと増加すると予測されている。
2020年時点で、ビジネスケアラーの最も多い年齢層は55〜59歳で、次いで50〜54歳、60〜64歳が続く。管理職や経験を積んだ職業人が多く含まれるこの層が仕事と介護を両立できなくなれば、個人の問題にとどまらず、社会的にも大きな影響を及ぼす。
現在の両立支援の中心は、柔軟な働き方や経済的支援、介護負担の軽減、外部資源の活用といった施策である。これらは、介護の時間や身体的負担をどう調整するか、あるいは介護をどこまで外部に委ねられるかという問いに応えるものだ。
一方、在宅で家族と暮らしながら介護を続ける現場では、制度だけでは受け止めきれない負担が日常的に生じている。説明のつかない身体の不調、繰り返される訴え、対応に迷う言動。こうした日々に向き合い続けること自体が、介護者にとって大きな負荷となっている。
Eさんもその一人である。仕事を続けながら、要介護状態の母親を在宅で介護していた。母親は、頭痛やしびれ、息苦しさなどの身体症状を次々と訴え、そのたびにEさんは病院に連れて行き、時には救急車を呼んだ。だが、検査結果はいずれも問題なし。それでも症状の訴えは止まらなかった。Eさんの中には、怒りや悲しみ、戸惑いが積み重なっていった。
あるとき母親は言った。「なんでこんなに具合が悪いのか知りたい」。それは、これまで何度も繰り返されてきた訴えだった。納得してもらえる答えを探そうとし、受診の必要性を判断しようとしてきたEさんだったが、今回は別の対応を試してみた。ただ「そうね。知りたいよね」と応じ、じっと母親の目を見つめた。すると、母親の表情はわずかに穏やかになり、その日は症状の訴えがおさまった。Eさんは、仕事では状況を整理し、判断し、解決する役割を担ってきた。しかし在宅介護の場面では、別のやり方が有効となることもあると気づいた。
もちろん、医療的対応や安全確保などについての判断や対応が必要になることもある。その一方で、実存的な不安や苦痛に対しては、原因を見つけ、問題を解決しようとすること自体が、かえって介護者・被介護者双方を袋小路に追い込んでしまうこともある。介護者には、時間的負担や身体的負担、経済的負担だけでなく、こうしたコミュニケーションに伴う負担も重くのしかかる。被介護者の訴えや問いに、仕事では有効だったやり方で急いで解決策や答えを出そうとするのではなく、まずは受け止めて耳を傾ける。そうした関わりが、介護される人の不安や申し訳なさ、介護する人の戸惑いや悲しみを和らげ、介護者と被介護者の間に生じがちな緊張をほどいていく。問題解決の前に一呼吸置き、答えを急がない関わり方は、介護する人と介護される人の関係そのものを支える一つの技術といえるだろう。
お問い合わせ
事業部事業推進課

