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時流

もしも、日本だったら・・・・・

小樽商科大学 商学部企業法学科教授 片桐由喜

 
 過日、イギリス地方都市の大学で教員をしている韓国人研究者A氏と話す機会があった。私がイギリスの医療保障制度、NHSは韓国の国民健康保険と比べてどうか?最近の様子は?と尋ねると、待ってましたとばかりに、しかも、とても興味深い話をしてくれた。
 NHSは大まかに言えば、診療を受けるためには近所の診療所への登録が必須、患者の自己負担はなし(無料)、高度な診療、検査をする病院へは登録した診療所医師の紹介状が必須などである。つまり、フリーアクセスではない。
 A氏は手の甲をけがし、ひどく出血したので診療所へ行くと、受付職員に「その程度の傷は診療しない、ドラッグストアで絆創膏を買って貼ること」といわれ、また、ある日は高熱が出て診療所へ行くと、やはり、受付職員が風邪だから自宅で静養してといい、いずれも医師の診療を受けることなく帰宅したとのことである。A氏は医療職でもない受付職員に診療を受ける機会を奪われ、その時はNHSは最悪であると確信したそうである。
 ところが、後日、A氏の夫が肺がんと診断され、NHSの医療サービスを経験し、これほど素晴らしい医療保障制度はないと考えを改めたと話してくれた。入退院の日は病院からタクシーが手配され、医師らによる丁寧な説明、入院中の患者と家族の質問や不安に即時対応する病院スタッフ、将来の出産に備えた諸々の提案(精子の凍結保存など)、他機関との連携を駆使して退院後のリハビリの手配などは韓国では考えられないという。そして、これらの医療とその後の生活支援、双方のサービスはもちろんすべて無料である。
 A氏は夫の手術の1年後、実母が膝に人工関節を入れる手術を受けるというので韓国に一時帰国し、実母の入院から退院まで見守ったそうである。実母のこの手術は保険適用外で、退院時には日本円で約100万円を支払い、かつ、退院後のリハビリは家族が手を尽くして探したそうである。
 ここからA氏はイギリスの診療所受付での経験が無料の医療サービスの維持と限られた医療資源の適正利用には不可欠であると思い至ったという。NHSが始まって80年、その間、制度のほころびがないわけではなく、診療までの待機日数が長い、CTやMRIによる検査がすぐに受けられないなど不平不満は極めて大きい。それでも、イギリス住民のNHSに対する信頼、誇りは絶大である。それは、医療サービスを真に必要とする患者とその家族の期待と要望に応えているからであろう。
 A氏が受けたイギリスの診療所での対応を日本の診療所や病院で受付職員がしたらどうなるだろうか?それはもう大騒ぎになるに違いない。あるいは、とりあえずは診察室に入り、医師が診察後に「風邪ですね。自宅で静養すれば治ります」と注射も薬の処方もしなかったら、どうだろうか。
 日英の医療保障制度を単純に比較することも、どちらが良い悪いを言うことは難しい。ただ、今、医療費削減でいろいろなことが検討されている中、「あれもこれもは、もう通用しない」ということを学ぶにはイギリスのNHSは好例である。

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