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時流

患者の語りが生んだ「トータルペイン」

北星学園大学文学部 心理・応用コミュニケーション学科教授 大島寿美子 

 「トータルペイン(全人的苦痛)」は、緩和ケアの創始者として知られるシシリー・ソンダースが提唱した概念であり、緩和ケアに携わる人のみならず、広くケアに関わる人々に知られている。しかし、この概念が単なる理論としてではなく、一人の患者の切実な「語り」から生まれたことは、案外知られていない。
 ソンダースがトータルペインの着想を得たのは、ある末期がん患者の言葉だった。
 「先生、痛みは背中から始まったんですけど、今では私のどこもかしこもが悪いみたいなんです」
 この語りの中には、身体的な痛みだけではなく、仕事を休まざるをえないことによる経済的不安、誰にも理解されていないという孤独、そして安らぎを求める切実な願いまでもが込められていた。ソンダースは、患者の語りに真摯に耳を傾ける中で、苦痛とは身体・精神・社会・スピリチュアルな側面が複雑に絡み合う、包括的な経験であることを見いだした。つまりトータルペインは当初、分割不可能な「ひとつの苦しみ」としてとらえられていたのである。
 ソンダースが提示した「身体的」「精神的」「社会的」「スピリチュアル」という苦痛の4つの側面は、患者の苦しみを理解するための視点であって、互いに切り離されたものではなかった。ところが時を経て、これらは個別に扱われるようになる。現在では、関連を持つことは認識されながらも、各要素が別々に評価され、専門的な対応が行われている。
 苦痛の各側面を理解し、治療や支援につなげることは重要である。しかし本来、患者の苦痛は、不安が身体症状を悪化させ、孤独が生きる力を奪うように、常に重なり合いながら存在しているはずである。トータルペインは、4つの苦痛の合算ではない。だからこそ、そのようなトータルペインの緩和に不可欠だとソンダースが強調したのは、患者の語りに耳を傾け、その苦しみを理解しようとする姿勢だった。
 患者が理解されないと感じたままになるとき、医療や支援そのものが患者の孤独や苦痛を深めてしまう危険性がある。ソンダースが示した「聴く」という姿勢は、苦痛を切り分けて個別に対処することの限界を示すと同時に、苦しみを緩和するという医療や支援の本来の役割を、私たちに問い直している。

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